小原ききょう(創作家)

長編小説や詩、エッセイなどを「エブリスタ」「ツイッター」等で書いています。

「三千子」~ 記憶に残らない女⑤

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◆別れる理由

 

 窓の外の暗闇に、ピカッと一条の光が走った。数秒、間を置いて雷の音が響き渡った。かなり大きな音だ。

 同時に、店内の照明が、パチパチッと言う小さな点滅音がして、灯りが点いたり消えたりした。

 近くの女性客が「やだ、停電になるのかしら?」と恐々言っている。

 近藤は、「俺、雷は苦手なんだよ」と変な笑いを浮かべた。

「女は得意なのにな」と俺は突っ込んだ。

 

 それより、

「なあ、近藤。何でまた、三千子の話をしたんだ?」

 俺は近藤に尋ねた。どうして、三千子の話が出てくるのか?

「ああ、会ったんだよ」と近藤は答えた。

「え・・三千子に!」

 心臓が激しく鳴った。

「どうしたんだ。中谷、そんなに驚いた顔をして」

 近藤は、俺の顔を見ながら言った。

「いや、何でもない」

俺は気を取り直し、「それで、どこで三千子に会ったんだ?」と訊いた。

「つい最近だよ」と近藤は言った。

「最近だって!」

 雨が強くなってきた。ガラス窓を大勢の人間が叩いているように思えた。

外にいる人間が、「はやく中に入れてくれ!」

そう叫んでいるような気がした。

 窓が閉まっているはずなのに、雨が店内に降り込んでくるような錯覚に陥った。

 

「なんだよ、中谷、またそんなに驚いた顔をして」

近藤は繰り返し言った。

 何か、イヤな感じが胸の中を襲った。脈も速くなっているのがわかる。

 昔、つき合っていた女、三千子という存在が俺の中で急速に膨れ上がった。

 

「彼女、綺麗になっていたよ。痩せてもいないし、もちろん、太ってもいない」

「そ、そうか」

 中肉中背ということか。それに、綺麗に・・

 その後、近藤は「だがな・・」とつけ加え、こう言った。

「あの三千子っていう子、ちょっと変わっているよな」

「どう変わっているんだ?」

「生気がない、というか」

 そう近藤は言った後、「実はな、中谷、お前に言うか、言うまいか、迷ったんだけどな」と言った。

「なんだよ、水臭い。何でも言えよ」と俺は近藤を促した。

 近藤は、ハンバーグを咀嚼した後、水を飲み、口の中のものを流し込んだ。

「中谷、怒るなよ」

「だから、怒らないって」俺は、大きく言った。

三千子がその後、どんな様子なのか知りたかった。好奇心なんてものじゃない。どうなっているのか、それを知りたかったのだ。