小原ききょう(創作家)

長編小説や詩、エッセイなどを「エブリスタ」「ツイッター」等で書いています。

「時々、僕は透明になる」⑥

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◆帰宅

 

 自宅まで、徒歩20分、つくづく電車通学でなくてよかったと思う。透明だったら改札はどうなることやら。

 けれど、問題はここからだ。

 家に帰っても母に見えなかったらどうする?

 声は出るだろうから・・

念のため「あああ・・」と出してみる。ちゃんと声は出る!

 母に言って病院に連れて行ってもらうべきか、それとも一人で行くべきか・・

 いやいや・・

 僕は頭を振った。

頭が変だと思われるし、それに、透明のままだったら、しかるべきところに通報されるだろう、とそう思った。怪しい組織まで現れ、人体実験なんかされたらたまったものではない。

 

その時、

「ちょっと君!」

 振り返るとただの中年男だった。

 え?・・僕が見えてるの?

「財布落としたよ。これ、君のだろ?」

 サラリーマン風の中年男は僕の財布を差し出した。

 さっき慌てて尻のポケットに突っ込んだままだったから、抜け落ちたのだ。

「すみません。ありがとうございます!」

 僕は深く感謝した。

腰を折りながら、またさっきとは違う涙が溢れていた。

 元に戻っている!

 僕は透明じゃない!

 僕は嬉しくて思わず、財布を拾ってくれた男に抱きつきそうになる。

 男は「礼なんていいよ」と言って先を急いでいった。

 

 男が去った後、念のため、両手を広げて、見る。透明じゃない! 

 今度は太陽にかざしてみる。更に喜び倍増だ。

 生きている、そんな実感が沸いてくる。

 もう帰ろう。家でいつも通り、母の手料理を食べ、風呂に浸かり、いつものように勉強をしよう。

 そして、明日は・・

 しかし、また今日のようなことが・・いや、今は考えないでおこう。

 

 家に帰ると、母が「何? こんな早い時間に・・熱でもあるの?」と訊かれ「ちょっと、気分が悪くなかったから、先生に言って早退させてもらった」と答えた。

 不可抗力の嘘だ。母には嘘のつきっぱなしだ。

「しばらく部屋で寝る」と言って勉強部屋に入った。

 そして、本当に眠り込んでしまった。