小原ききょう(創作家)

長編小説や詩、エッセイなどを「エブリスタ」「ツイッター」等で書いています。

「時々、僕は透明になる」⑤

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そんなことを考えながら、僕は斜め前の窓際の席の水沢純子を見た。

僕の苦しみとは対照的に水沢純子が涼しげに先生の話を聞いている。

窓の外の青い空に水沢さんの黒髪が溶けている・・そんな風に見えた。

ああ、このまま、透明のままだったら、あの髪に触れることができるのだろうか。

 

だが、僕は彼女を見ながらも別のことを考えていた。

僕の透明化は服ごと、メガネごと消える!

眼鏡を外してみても、眼鏡が見えない。

体がガタガタと震えだした。

試みに眼鏡を机の上に置いた。

僕の手から眼鏡が離れると、眼鏡が出現した。慌てて僕は眼鏡をかけ直した。これで眼鏡は消えたはずだ。

左横の加藤が訝しげにこちらを見ている。

自分自身の目を疑っているのか、何か考えている様子だ。

僕を見ているのか、さっき置いた眼鏡を見ているのかどうか、わからない。

いや、もうそんなことはどっちでもいい。

 

この状況を整理する。

僕の身に着けているものは透明化し、僕から離れれば見えるようになる。

そういうことだ。

けれど、一つおかしなことがある。僕の後ろの席の速水沙織にはおそらく僕が見えている。どうして?

 

「なあ、鈴木ってさあ、今日、休んでたっけ?」

右横の佐々木が更にその隣の田中に訊いている。

まずい、まずい・・僕のこの病気が他の奴に知られたら・・

「さっき、いたような気がするぞ」

「いた、いた・・けど、今はいない」

「でも、鞄、掛けてあるよぉ」

「トイレに行ったんじゃない?」

「もう鈴木なんて、どうでもいいじゃん。」

 

そうか・・やっぱり、僕は影が薄いんだ。

人間って、存在感が薄くなり過ぎると透明になるものなんだ。

 

「ちょっと、そこっ、授業中はしゃべらないように!」

 教師の声に右の佐々木も左の加藤も前に向き直る。後ろ席の速水沙織の様子はわからない。

 

 こうなったら・・こうするしか。

僕は思い切って手を挙げた。

その手も僕には見えない。

教師には何の反応もない。周囲の生徒にもない。

僕に見えないものに誰かが反応するわけがない。

 

すると、背中をペンか何かで鋭く押された感触があった。

「鈴木くん、何してるの? 手なんか挙げたりして」

振り返ると速水沙織がシャーペンで小突いているのだった。

 

 おそらく、僕の姿は・・速水沙織を除いては誰にも見えていない。

 それが僕の出した結論だ。

 

 教科書に手を触れると、教科書も消え、同じように筆記用具も消えた。

 机に掛けている鞄を持つと、予想通り、鞄も消えた。

 

 僕は静かに立ち上がり、抜き足差し足で音を立てないように教室を出た。

「鈴木くん!」

誰かが呼びかけたような気がしたが、それが速水沙織の声なのか、他の誰かなのか、もう判断できなかった。

 

 廊下に出ると、心臓の鼓動もそうだが、全身が痙攣し、寒くもないのに、震えていた。

 

 家に帰る他はすることもない。

 帰途につくと、自然と涙が溢れだしだ。

 あとは、家にいる母・・僕の帰りを待っているお母さんしかいない。