「三千子」~ 記憶に残らない女③
確か、あれは、授業が休講になり、大学のラウンジで、三千子とお茶を飲んでいた時だ。
彼女と話すことにも飽き、暇を持て余した俺は、ラックの週刊誌を手に取り、パラパラと捲っていた。
何となく、その中のアイドルのグラビアを眺めていた。
そんな光景がまざまざと浮かんできた。
「ねえ、中谷くん」
「何?」
「中谷くんは、痩せている女の子が好きなの?」
「どうして、そんなことを訊くんだ?」
俺の問いに、三千子はすっと俺の手から週刊誌を取り上げ、
「だって、この子、すごく痩せているじゃない!」と開いたページを目の前に見せて言った。
確かに、そこには水着のアイドルが、世の男どもに媚びるような肢体を見せていた。
特に痩せているわけでもないが、その辺の女子大生よりは痩せているような気がした。
「別に、こんな子、好みじゃないよ」
俺がそう言うと、
「だって、中谷くん、ずっと見てたじゃない!」と三千子は断固抗議するように言った。
そんなにムキになるのなら、週刊誌など手に取るのではなかった、と思ったほどの権幕だった。
三千子の様子に怯んだ俺は、週刊誌を元あった場所に戻した。
だが、事はそれだけでは済まなかった。
次の日のランチから様子が変わった。三千子はいつもの定食は頼まず、コーヒーとプリンを注文しただけだった。
「お腹、空かないのか?」と訊くと、
「プリンが好きなの」
そう言って三千子は笑った。
そこまで、記憶を遡った時、
俺の座っているファミレスのシートが、ずんと揺れた。後ろに誰かが座ったのだ。
ふわりと雨の匂いがし、微かな香水の匂いもあとを追うように漂ってきた。
体に降りかかった雨と香水が混ざったような匂い。
若い女性だ。他の一人客と同じように雨宿りなのだろう。
近藤がチラリと俺の後ろの席を見た。昔から近藤は女には目がない。だが、そんな近藤でも俺の真後ろに座った女性の顔を見ることはできない。
近藤は、「うっかり、顔を見損ねた」と笑った。
俺は、「近藤らしくないな。ちゃんと見ておけよ」と冗談交じりに言った。
・・俺は、ちらっと見ただけだが、特に興味も沸かなかった。